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2012年7月 7日 (土)

天下取りの城巡り 清洲城

戦国時代の歴史を感じさせる清須市 シンボル清洲城
尾張国春日井郡清須 織田信長の天下取りの出発点で、桶狭間の戦いは、この城から出陣するなど約8年間居城とした清須城。
尾張国の中心地で、戦国武将たちが重要拠点とした数々の歴史の後、1610年 清須城下町は、町の建物、町の機能全て、名古屋城下にまるごと移転(清須越)されました。
取り壊した清須城の資材が名古屋城築城に再利用され、天守(清洲櫓)も移され遺構は何も残っていないそうです。
これにより、尾張の政治、経済、司法の中心は清須から名古屋に移り、清須城とともにその城下町は姿を消しました。
この清須越を境目に “清須” “清洲” の表記が変わるそうです。
現在の清洲城天守は、清洲町制100周年を記念して平成元年に現在の場所に再建整備された模擬天守。

Kiyosujyo

400年近くの年月を経て蘇った清州城 金色に輝く鯱を屋根にいただく姿は見事です。

Nagame

五条川にかかる赤い橋(大手橋)
五条川を挟み対岸を位置する古城跡は、木々の緑に包まれた安らぎの場。
現在 東海道本線と東海道新幹線に分断された城跡は、清洲公園、清州古城跡公園になっていて、信長公の銅像が建ち、、信長公を祠る小社があります。

Nobunaga

桶狭間の戦いに出陣する姿を模した、26歳の凛々しい織田信長。
桶狭間の方向を見据えています。 左は濃姫之像
信長公が天下統一への第一歩を踏み出した城に立ち、清須の眺望を楽しんできました。

愛知県清須市朝日城屋敷1-1 052-409-7330
開館時間 9:00-16:30(入館16:15まで)
休館日 月曜日(休日の場合は直後の平日) 入館料 大人300円 小人150円

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コメント

清州会議が開催された場所ですよね。
織田信長以降の世の中が決まった場所ともいえますね。

そうですか
桶狭間の合戦はここから出発したんですか?
戦国武将たちの雄姿を想像しながら
あちこちの城めぐりをするのも楽しいですよね~
ああ、いろんなところへ行ってみたいな・・・
かちがわさんと♪

 歴史は正史とか通史とか、学校で習うようなものは、まったく面白味がない。
 なんと言っても外伝、ですね(笑)
 織田信長の家臣であった伊藤蘭丸祐道が清須越しして、本町に「いとう呉服店」を開いた。これが現在の「松坂屋」の前身だとか
 やはり、信長の家臣であった竹中藤兵衛正高が清須越しして名古屋で創業したのが「竹中工務店」の始まりだとか
 マイナーな部分を発掘して、飲み会のネタにするのが清須越外伝の醍醐味でもあるね。
 次から 次に あること ないこと 清須越だけで、楽に2時間くらい笑えますね。

しゅうちゃんさん

ハイ 信長が討たれた後、織田家家臣が集まった清州城です。
ここで、後継者、遺領配分が決まったようですね。

絹ママさん

ここから出陣して勝利を治め、
天下統一へ突き進んでいったのでしょうね。
歴史は難しいけど、夢街道ちょっと歩いてみたく
ゆっくりお城を巡り始めました o(*^▽^*)o
ご一緒できたら、楽しいでしょうね~♪

EXのナベさん

学校で習った歴史は、案外覚えてなくて、改めて勉強しなおしですが
ちっとも頭に入らないものですね (^-^;
清須越外伝
伊藤蘭丸祐道が開いた「いとう呉服店」が「松坂屋」の前身
竹中藤兵衛正高が名古屋で創業したのが「竹中工務店」の始まり
私にとっては、へ~~~そうだったの!?の世界ですが
さすがにナベさん まだまだ面白い話をご存じのようで
また機会がありましたら、是非お聞かせください。

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